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改訂・エルンスト・ルビッチ内側からの切り返し表


 

題名
原題
日本名が先にあるのは日本で封切られている邦題。
封切日

正面(人物が映画内でキャメラを正面から見据えたショットの数

ショット数
左から
 
1
ショットの平均秒数(④×60÷③) 
1
時間の平均ショット数(60秒×60分=3600÷①)  
総ショット数 (④÷60分×②) 
上映時間
あらすじ
内側からの切り返しによる分断
視覚的細部

左から→内側からの切り返し・外側からの切り返し・クローズアップの数→平行モンタージュの有無
●内側からの切り返しについてのコメント、逆からの切り返し
■外側からの切り返しについてのコメント。「視点転換」とは古典的デクパージュとは無関係な切り返し。
★クローズアップは顔に限られる。それについてのコメント。
1916 私の宝物はどこにある?
Wo ist mein Schatz?
2.25
26ショットくらい。
出演者たち(特にルビッチは)はちらちら頻繁にキャメラを見ている。はっきりは、
●オープニングの人物紹介でルビッチと妻のルイーズ・シェンリッヒがウエスト・ショットでキャメラを正面から見据えている。
●帰りの遅いルビッチを締め出すために家の鍵を閉めたあと義母が。
●執事のルビッチがリンゴの皮を剥いてからキャメラを正面から見据えてニッコリ笑う。さらにもう1ショットクローズアップであり。

●ルビッチがスプーンに穴をあけている(?)時に
●部屋を出て行ったユーリウス・ファルケンシャタインにルビッチがみずからの肖像写真の前で毒づく時
14  263  162  37 エルンスト・ルビッチ主演コメディ。
妻(ルイーズ・シェンリッヒ)とその母親(ヘレーネ・ヴォス・以下義母)と3人でアパート暮らしをしているエルンスト・ルビッチ(本名が役名)はある日招待されたチェスのゲームで相手が長考して帰りが遅くなり義母に家を追い出されたものの義母の出した『執事募集』の新聞広告を見て早速床屋へ行ってかつらをつけて変装し(リンゴ・スターみたいになって)義母を騙して自分の家の執事になると、近所中のメイドたちの人気者になったばかりか義母にも色目を使われ、妻を口説く男(ユーリウス・ファルケンシュタイン)を撃退したあと車の中で2人きりになってみだらな行為を求めてきた義母の前でかつらを取って正体を明かし黙って欲しくば家から出て行けと義母を脅迫して家から追い出す。
●『分断』1箇所。
①壁に飾られたルビッチの写真とそれを見ている義母とのあいだは、2ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。
■カッティング・イン・アクション 寄る、引く。重複は少ない。
■グラデーション グレーの幅が意識されている。
■軸 動かない
■手紙 妻は家の中にいる夫に手紙を書いてメイドに渡させ離婚を通告している。
■三面鏡
①義母が三面鏡にしっかり分断されて映っている。
②髪をとかしている妻が見事に三面鏡に反映されている。
前年、ニーノ・オクシリア 「サタンのラプソディ(Rapsodia Satanica)」(1915イタリア)の39分頃に見事な多面鏡が撮られているが世界はコミュニケーションしている。
■気づかないことにする ユーリウス・ファルケンシュタインが妻を口説いている時、カーテンの陰に隠れたり出てきたりするルビッチに2人とも気づかない。
■キャメラの横を通り過ぎる あり。
■起源 なし
■回想 なし
■罪の意識 なし
■常習性 強い。
1-0-2-多用。
●切り返し 音声や気配を感じることでなされる『原初的音声空間の切り返し』はそれなりに撮られているが正規の切り返しは1ショットの主観ショットのみ。
▲平行モンタージュ チェスをしているルビッチと家の義母とのあいだなどで多用されている。
★クローズアップは2つのみ。
①ルビッチが変装して執事になってすぐ、男に『裏口から入れ』と言われる時に男との『2人クローズアップ』が撮られている。
②リンゴの皮を剥いた後のルビッチ
変装
三面鏡
1916 出世靴屋Schuhpalast Pinkus
6.9
頻繁にちらちら見ている。 10.4  345  253  44  エルンスト・ルビッチ主演コメディ
勉強嫌いで女好きの学生サリー・ピンカス(エルンスト・ルビッチ)は試験で不正をして学校を追放されて両親にも追い出され仕方なく出かけた就職の面談も断られ、たまたま見かけた綺麗な娘について行くとそこは店員募集中の靴屋で雇われるものの娘と逢引きをして社長の父親に見つかって首になり、何故か雇われた次の靴屋でも女性客の足の裏をくすぐって首になりそうになるが店を訪れたダンサー(エルゼ・ケントナー)に値札を高額に書き換えた靴を見せると即売して首をまぬかれ、ダンサーに執心する社長を出し抜いて意気投合したダンサーの資金提供を受けて靴屋を開業したサリーは最新の靴のプレゼンテーションを開催して成功しダンサーに結婚を申し込む。
●『分断』3箇所
①教室と鍵穴からそれを覗いているサリー・ピンカス(エルンスト・ルビッチ)とのあいだは、3ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■鍵穴から覗く主観ショットの体裁だが正面から撮られていて角度はずれているので
『原初的主観ショット』になっている。
②授業で棒登りをしているルビッチと下で見ている女学生や先生たちとのあいだは、最初『正常な同一画面』に収められたあと7ショット内側から切り返され8ショット目に同一画面に収められているがルビッチは後ろ姿で「その人」と特定できず(
『奇妙な同一画面』)、そのまま終わっている。女学生たちとのあいだは最後まで同一画面に収められておらず彼女たちはどこにいたのか場所的関係も撮られないまま浮遊して終わっている(エスタブリッシング・ショットの不在)
③夫婦喧嘩をしているサリーの両親とそれを鍵穴から見ているサリー・ピンカスとのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■これも主観ショットの体裁だが正面から撮られている『原初的主観ショット』
■カッティング・イン・アクション 寄る、引くは多くあるが重複は少ない。最初に勤めた靴屋の客の靴を脱がせた後、立ち上がる時にキャメラが引かれているが重複は少ない。カッティング・イン・アクションは以下↓
①舞台のダンサー(エルゼ・ケントナー)が踊り終わってポーズをとる時、カッティング・イン・アクションでキャメラが大きく引かれている。
■フェイドアウト あり。
■軸 動かない
■ハイ・コントラストで撮られている。
■たばこ ルビッチはたばこ、パイプを派手に吹かしている。
■起源 なし
■回想 なし
■罪の意識 まったくなし
■常習性 強い。人間としての常習性。
13-0-0-あり。多用。
▲ 平行モンタージュ さり気なく多用されている。
●切り返し 13ショット。その大部分が『分断』されている。
★クローズアップなし。撮られているのはバスト・ショットまで。
1918 Der Fall Rosentopf
ローゼントップ事件 9.20
 ちらちら
①『分断』③参照。
6.7  534  175  19.4秒 女たらしの探偵サリー・ピンカス(エルンスト・ルビッチ)が依頼人(フェリーシクラ)から女(トゥルード・ヘスターバーグ)の身辺調査を依頼される。
■フィルムが欠落していることもあり物語はよくわからない。この時期、サリー・ピンカスという主人公の名前が一連のルビッチ主演映画で使われていた→「出世靴屋(Schuhpalast Pinkus )」(1916)
●『分断』3箇所。
①階段の下の男と上のルビッチとのあいだは、3ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■2人共キャメラの右側を見ているがどちらも人物の左側から切り返されている(逆から切り返されている)のでイマジナリーラインは合っているか。
②二階のバルコニーで花に水をやっている女(トゥルード・ヘスターバーグ)と下を歩いていてその水をひっかけられるルビッチとのあいだは、8ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■上下の切り返し。ルビッチの正面からのショットもあり。
③ダンスをしている女とピアノを弾きながらそれを見ているルビッチとのあいだは、9ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■どちらも正面から切り返されていてルビッチはキャメラを正面から見据えたりもしている。
■カッティング・イン・アクション 重複少ない。
■軸 動かない
■グラデーション グレーが意識されている。
■アイリス・アウト、アイリス・イン。
■キャメラの横を通り過ぎる。
■起源 なし
■回想 なし
■罪の意識 なし
■常習性 強い

20-0-7-あり
★クローズアップ 
①ルビッチが二階のバルコニーから水をかけられた時。
②電話をしている依頼人が5ショット。これはバスト・ショットに近い。
③ ②の後、ルビッチの大きなクローズアップが入る。ちらちらキャメラを見ている。
平行モンタージュ あり。
●逆からの切り返し
①『分断』①参照
1918 男になったら
Ich möchte kein Mann sein
10.1
12ショット。
①オープニングでオッシ・オズワルダが葡萄を食べながらキャメラをちらちら見ている
②ラストシーンでヴィクトル・ヤンソンが遠景ながら何度もキャメラを正面から見据えている。
6.7  536  393  44  たばこを吹かしてポーカーをし酒を飲む男勝りの娘オッシ・オズワルダ(芸名がそのまま役名になっている)は叔父(フェリー・シクラ)と女家庭教師(マルガレーテ・クプファー)に監視されているが叔父が仕事で家を開けると叔父がお目付け役に雇った博士(ヴィクトル・ヤンソン)の監視をよそに男装して表にくり出すが満員電車で座っていると女性に席を譲れと紳士たちから怒られ、気を取り直してダンスパーティへ出かけると女を口説いている博士を見つけ意気投合して2人で深酒をして泥酔し乗った馬車の御者が意識のない2人をそれぞれ逆の家のベッドの中へと送り届ける。
■原題「Ich möchte kein Mann sein」=私は男になりたくない。
『分断』14箇所。
①外にテーブルを置いてたばこを吸いながらカードゲームをしている娘(オッシ・オズワルダ)とそれを二階の窓から見ている女性家庭教師(マルガレーテ・クプファー)とのあいだは、7ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。『窓空間』。■評 地上と二階に『分断』されていた娘と母がその後、家庭教師が降りて来ることで娘と『正常な同一画面』に収められる撮り方は同年に撮られた「カルメン」(1918) の分断表②の撮り方に踏襲されている。
②酒を飲んでいる叔父(フェリー・シクラ)とドア口でそれを見ている娘とのあいだは、4ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■ずれている。
③路地にやって来た学生たちと二階の窓枠に座ってお菓子を食べている娘とのあいだは、14ショット内側から切り返されそのまま終わっている。『窓空間』。■完全にずれている。娘が二階から学生たちの口に向かって投げたお菓子は娘の手を離れるショットと学生の口に当たるショットが分断されている。
「カルメン(Carmen)」(1918)の分断表②においては既に落下した髪飾りのショットだけ撮られているが「寵姫ズムルン」の旧内側からの切り返し表『分断』②で検討した落下物の分断の「起源」とも言うべきショットがここに撮られている。■お菓子をもらった学生たちがお腹をさすっているショットなどは小津安二郎がルビッチを見ていることのひとつの証である。
④その直後、逃げてゆく学生たちとそれを二階の窓から見ている叔父とのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■ずれている。
⑤馬車で出かける叔父と彼を見送る娘とのあいだは、1ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑥その直後、執事におぶってもらっている娘と彼女に説教する女性家庭教師とのあいだは、1ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■ずれている。
⑦ドアを開けて入って来る執事、続いて娘のお目付け役の博士(ヴィクトル・ヤンソン)と彼らを見ている2人(娘と家庭教師)とのあいだは、6ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑧その後、ドアを開けて入って来る執事と部屋の3人とのあいだは、1ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑨娘の注文を奪い合う洋服屋の店員たちとソファーに座ってそれを見ている娘とのあいだは、4ショット目で同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑩パーティでたばこを吹かして気取っている博士とそれを見つけた男装している娘とのあいだは、3ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■
主観ショットに見えるが3ショット目で娘は右から出て来ている
⑪ダンスホールのテーブルで女と座っている博士とその女を口説こうと遠くからサインを送る男装した娘とのあいだは、縦の構図の同一画面に挟まれた3ショットが内側から切り返されている。■正面から切り返されている。最初の同一画面は縦の構図で撮られたパンフォーカス気味の『正常な同一画面』であり、二つ目の同一画面は家庭教師が立ち上がった瞬間に家庭教師の真後ろから切り返された
外側からの切り返しである。最後の縦の構図がルビッチの外側からの切り返しの「起源」である。
⑫その直後、家庭教師のいなくなったテーブルで他の男とキスをしている女とそれを見て笑っている男装した娘とのあいだは、4ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■これも正面から
⑬階下のダンスパーティとその上で酒を飲んている2人(男装した娘と博士)とのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑭ラストシーンで、鏡の前で髪をとかしている娘と部屋に入って来た家庭教師とのあいだは、10ショット目で『正常な同一画面』に収められるまで内側から切り返されている。さらにそのまま2人は再度分断され、12ショット目に『正常な同一画面』に収められてキスをするまで内側から切り返されている。■評 娘はキャメラの左側を、男は
キャメラを正面から見据えることでイマジナリーラインのずれ切った分断と『正常な同一画面』による融合が見事にミックスされたラストシーンが撮られている。
■カッティング・イン・アクション
■アイリス・アウト、アイリス・イン
■フェイドアウト
■軸 馬車で出かけた叔父を前進移動で。
■コントラスト ハイ・コントラスト気味(黒い服が真っ黒に見える時はハイ・コントラスト)。
■キャメラの横を通り過ぎる あり。
■起源 なし
■回想 なし
■罪の意識 まったくなし
■常習性 強い
73-1-7-あり
▲平行モンタージュ あり。船に揺られる叔父と家の娘など。
外側からの切り返し
■外側からの切り返し
『分断』⑪
①ホールで男性家庭教師の後ろから切り返す。視点転換

★クローズアップ 
①『分断』③の男子学生たちが2ショット。2人クローズアップないし3人クローズアップ。
②電車で足を踏まれて痛がる娘。バスト・ショットに近い。
③葉巻をくわえている男装した娘の
④馬車の中で泥酔している2人(男装した娘と博士)が合わせて2ショット。バスト・ショットに近い。
⑤ラストシーンで泣いたふりをする博士を
1918 呪の眼
Die Augen der Mumie Ma
10.3
 ちらちらが基本 60分
アラブの男(エミール・ヤニングス)に誘拐されその魔力で古代エジプトの寺院の埋葬室に閉じ込められていたアラブの女(ポーラ・ネグリ)は埋葬室の奥に隠れてミイラの眼を演じ観光客たちを不幸に陥れていたが、その噂を聞いた画家の旅行者(ハリー・リードケ)が埋葬室のからくりを見破り捉えられている女をヨーロッパへ連れ帰ると、彼女を追って来たアラブの男もまた砂漠で行き倒れになったところをとある国の王子(マックス・ローレンス)に助けられ彼の召使となってヨーロッパへ同行する。アラブの女はダンサーとなって有名になり舞台でダンスをしている時に王子のお供をしていたアラブの男をボックス席に見つけて失神する。
●『分断』16箇所
①アラビアの娘、マー(ポーラ・ネグリ)とドイツ人の画家(ハリー・リードケ)との初めての出会いのシーンで2人のあいだは、7ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
②遺跡の埋葬室の『眼』を見に行って病気になった男の話をしている2人組と病気になった男、それを見ている画家とのあいだは、6ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■その中に主観ショットも含まれている。
③馬上の画家とそれを見ているアラブの男(エミール・ヤニングス)とのあいだは、4ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■
その直前、ヤニングスが地面に耳をつけて足音を聞いているシーンの馬でやって来る画家との切り返しは『原初的音声空間の切り返し』であり、1913年以降の作品においてはこれを「切り返し」には数えない。詳しくは次回論文へ譲る
④埋葬室の『眼』とそれを見ている2人(画家とアラブ人)とのあいだは、7ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。
⑤埋蔵室に隠れているアラブの女とそれを見ている画家とのあいだは、3ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。
⑥家庭教師と猫をあやしているアラブの女とのあいだは、同一画面に挟まれた1ショット内側から切り返されている。■ポーラ・ネグリが大きくずれている。
⑥その後、入って来た画家とそれを見て大喜びするアラブの女とのあいだは、3ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑦入って来た召使と彼を見ている2人(アラブの女と画家)とのあいだは、3ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑧パーティでダンスを踊り始めたアラブの女とそれを見ている者たち(ピアノ奏者も含めて)とのあいだは、13ショット程度内側から切り返されている。
⑨新聞を読んでいる王子(マックス・ローレンス)と部屋に入って来て彼に挨拶して出て行くアラブの男とのあいだは、3ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑩舞台で踊っているアラブの女とそれをボックス席で見ている者たちとのあいだは、13ショット内側から切り返されそのまま終わっている。主観ショット。
⑪王子の屋敷で美術品を見ている者たちと入って来て彼らを呼ぶ召使とのあいだは、2ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑫王子の屋敷で椅子に座って談笑しているアラブの女と彼女の背後のカーテンを開けて姿を現したアラブの男とのあいだは、最初と最後のショットで同一画面に収められているがアラブの男は「鏡の中だけ」に収められ(
『奇妙な同一画面』)、その2つの『奇妙な同一画面』に挟まれた3ショット内側から切り返されている。■最後の『奇妙な同一画面』は外側から切り返されて撮られている。ヤニングスは鏡の中以外にはこのシーンでは存在していない。決して振り向くことなく鏡を通しての視線の絡め合いのみによってのみ撮られているこのシーンは、恐怖に凍り付いているポーラ・ネグリのこの作品で初めて撮られたクローズアップが外側からロングショットで切り返されることによって『奇妙な同一画面』の恐怖を持続させそのまま終わっている。人物の配置と鏡による視線と切り返しの方法が一体となって撮られている。★クローズアップ この『分断』⑫でこの作品で初めてのポーラ・ネグリのクローズアップが撮られている。ここまで温存していたと判断するしかない。
⑬その後寝室のレースのカーテンの向こうから入って来るアラブの男とそれをベッドから見ているアラブの女とのあいだは、4ショット目に同一画面に収められるまで3ショット内側から切り返されている。その同一画面でヤニングスはレースのカーテンを通して透けて見える状態のままポーラ・ネグリと同一画面に収まっており(
『奇妙な同一画面』)、そのままこのシーンは終わっている。ここもまた『奇妙な同一画面』が恐怖を際立たせている。
⑭アラブの女の肖像画とそれをナイフで突き刺すアラブの男とのあいだは、3ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。■ヤニングスは
ナイフを逆手に握っている
⑮屋敷のアラブの女と窓から侵入して来るアラブの男とのあいだは、24ショット目にアラブの男の
外側から切り返されて同一画面に収められるまで内側から切り返されている。窓を割って入って来るヤニングスと電話で助けを読んでいるネグリはどちらもキャメラの右方向を見ていてイマジナリーラインが合っていないようにも見えるがどちらも左側から撮られている(逆から切り返されている)のでイマジナリーラインは合っているようにも見える。キャメラを正面から見据えてはいないもののゆっくりと近づいて来るヤニングスのバスト・ショットを後退移動で捉えたこのシーンは、サスペンスを生ずるとき、人は内側から切り返さなければならせない、という法則があるかのごとくに撮られている。
⑯階段に倒れているアラブの女とナイフを逆手に握りながらそれを見ているアラブの男とのあいだは、同一画面に挟まれた2ショット内側から切り返されている。主観ショット。
■評 コメディの王様エルンスト・ルビッチはホラーの王様にもなり得たであろう細部の数々がここに撮られている。エミール・ヤニングスのグロテスクさによってオブラートに包まれているものの、この作品で撮られているのはヤニングスとポーラ・ネグリとのラブストーリーにほかならず、これを発展させた作品が「キング・コング」(1933)である。
■カッティング・イン・アクション 重複は少ない。
■フェイドアウト・フェイドイン 多用
■アイリス 遺跡の中に隠れているポーラ・ネグリを
■照明 埋蔵室の中スポットライトのような光が回転している。
■軸 『分断』⑮でヤニングスをかすかな後退移動で。それだけ。
■コントラスト グラデーションを意識した画像。
■ナイフを逆手に握っている 
①『分断』⑭エミール・ヤニングスがポーラ・ネグリの肖像画を突き刺す時。
②ヤニングスがポーラ・ネグリを刺そうとする時
③ヤニングスが自害する時。
■キャメラの横を通り過ぎる。

■目を開けて死ぬ ポーラ・ネグリが。
■起源 ポーラ・ネグリ→数年前、ヤニングスに誘拐されて埋葬室に連れてこられた。
■回想 ポーラ・ネグリがエミール・ヤニングスに捕まり連れてこられた「起源」のシーン。
■罪の意識 ポーラ・ネグリにありか。
■常習性 ヤニングスは強い。
104-2-17-多用
●切り返し
増えている。それに呼応して『分断』も多くなっている。
■外側からの切り返し
①『分断』⑫参照。
②『分断』⑮
▲平行モンタージュ ネグリとヤニングスとのあいだで多用されている。
★クローズアップ
『分断』⑫で初めてポーラ・ネグリのクローズアップが撮られている。彼女の顔が初めてはっきりと画面に映し出されるのは鏡の中の男を見た時のこの恐怖の顏である。
●逆からの切り返し
①『分断』⑮参照。
1918 カルメン
Carmen
Projektions-AG Union(PAGU)
12.20
ちらちらが数ショット。
はっきりは
①カルメンが独房でホセの制服のボタンを嚙みちぎった時のクローズアップで。
8.3  432  663  92 田舎の村に母と恋人(グレーテ・ディールクス)を残して都会へ出征した竜騎士兵のホセ(ハリー・リードケ)は女工同士の喧嘩で相手を死に至らしめた女、カルメン(ポーラ・ネグリ)を逮捕するが彼女に誘惑されてその逃亡を手助けして投獄されそれを聞きつけたカルメンは看守を誘惑してホセの脱獄を手助けするもののホセは思い止まる。しばらくして密輸業者の一味となったカルメンは釈放され一兵卒となったホセの上司に気に入られていながらホセを誘惑しその虜となったホセはカルメンとの情事を上司に目撃されて決闘し彼を死に至らしめて密輸団に身を寄せることになる。その後カルメンは竜騎士団の男を騙して彼から強盗を働いたことがあだとなり密漁団は竜騎士団に全滅させられ負傷したホセの面倒を見ながらカルメンは酒場で出会った闘牛士の女となる。
●『分断』22箇所。切り返し自体非常に多い。
①馬に乗って家に帰って来るホセ(ハリー・リードケ)と彼を向かえる2人(恋人グレーテ・ディールクスとホセの母ソフィー・パゲイ)とのあいだは、5ショット目に『正常な同一画面』に収められるまで内側から切り返されている。
②二階のテラスから身を乗り出しているカルメン(ポーラ・ネグリ)たちと、下で手紙を読んでいるホセと男たちのあいだは、11ショット目で二階から降りて来たカルメンと男たちが『正常な同一画面』に収められ、12ショット目でホセとカルメンが『正常な同一画面』に収められるまで内側から切り返されている。■ずっと前のショットで兵士たちのパレードを見るためにアパートのテラスと屋上に一斉に女たちが出て来るのだが、テラスを地上と関係づけるショットは何も撮られておらず、いわば浮遊したテラスにカルメンが登場し(
エスタブリッシング・ショットの不。)、そこでカルメンがテラスから地上に落とした髪飾りを男たちが拾うことによって両者の空間が部分的に接続された後、カルメンが地上に姿を現すという、映画的というには余りも映画的な細部によってカルメン登場シーンが撮られている。
③独房のベッドで眠っているホセとそれを小窓から見ている看守とのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。主観ショット。
④車に乗り込むカルメン(と彼女を見送っているホセの上官)とそれを見ている門番のホセとのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
⑤ホセに差入れを持ってきた恋人とそれを見ているホセとのあいだは、2ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑥その後、店のテーブル席に座っている恋人と彼女を窓の外から見ているホセとのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。『窓空間』。主観ショット。■
わずか2ショットだが、テーブル席に座っている恋人のショットが前後から「ずれ」ている。その人を「そのひと」として撮るとき、キャメラは正面がちになり、前後のショットから「ずれ」ることになる。グリフィスのサイレント短編の主観ショットが多くの場合「主観ショット」足り得ない傾向は、被写体を「正面」から撮るというサイレント映画の歴史から来る宿命かも知れない
⑦見張りをしているホセと彼の背後から目隠して驚かそうとした恋人とのあいだは、1ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■クローズアップ同士の切り返し。娘のクローズアップがずれている。
⑧その直後、抱き合っている2人(ホセと娘)とそれを木の陰から見ているカルメンとのあいだは、6ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■
主観ショットの体裁だがカルメンはあさっての方向から出て来て同一画面に収められている。
⑨ホセを誘惑しているカルメンとそれを見て近づいて来る密輸団の者たちとのあいだは、合わせて8ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■密輸団の出て来る方向が逆に見える。
⑩市場のカルメンと彼女を見つけるホセとのあいだは、4ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑪薄汚れた木の扉とそれを見ているホセの上司とのあいだは、2ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。
⑫キスをしている2人(ホセとカルメン)と部屋に入ってきてそれを見た上官とのあいだは、11ショット目に同一画面に収められているがホセは後ろ姿で「その人」と特定できず(
『奇妙な同一画面』)、次の12ショット目で三人は部屋を出て階段へ移動しそこでホセは上官を死に至らせてしまうがこのショットも素早い動きとロングショットによってかろうじて「その人」と特定できるかできないかくらいに撮られている(奇妙な『正常な同一画面』)
⑬密輸団のアジトで横になっているホセとそれを見ているカルメンたちとのあいだは、5ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■ホセが正面から撮られている。
⑭その直後、カルメンと彼女から上司が死んだことを告げられたホセとのあいだは、同一画面に挟まれた2ショット内側から切り返されている。■カルメンのクローズアップがずれている。
⑮酒場のテーブル席に座っているカルメンが闘牛士(レオポルド・フォン・レーデバー)と出会った時の2人のあいだは、『正常な同一画面』に挟まれた2ショットのクローズアップが内側から切り返されている。■カルメンのクローズアップがずれている。運命を明示しているのかも知れない。
⑯さらにその直後、カルメンの後方のテーブル席に座った闘牛士と振り向いて彼を見るカルメンとのあいだは、2ショット内側から切り返されそのまま終わっている。■振り向いたカルメンから切り返されたショットには、カルメンの方を見てグラスを掲げて乾杯のゼスチャーをしている闘牛士が撮られており、これはカルメンの主観ショットに近い体裁で撮られているように見えるのだが、仮にそうでないにしても
カルメンから見て柱の影のテーブル席に座ったはずの闘牛士がどうして正面からの切り返しによってカルメンを見ているのか、まったくもって「ずれ」ることに対する拒絶など存在しないかの如きこの快活な「正面への切り返し」もまたサイレント短編映画における歴史的「ずれ」の名残かも知れない
⑰通り過ぎる馬車とそれを崖の上から狙撃する密輸団とのあいだは、8ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。
⑱その直後、処刑されそうになっている兵士とそれを見ている2人(ホセとカルメン)とのあいだは、4ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。主観ショット。
⑲密漁団を対峙しにやって来た竜騎士兵たちと崖の上で応戦する密漁団とのあいだは、16ショットほど内側から切り返されている。■ショットが見えないほど高速で進んでいく。
⑳すけすけのドレスを着ているカルメンと彼女の名を呼ぶホセとのあいだは、3ショット目で同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■場所的関係がずれている。
21カルメンに銃を突きつけたホセとカルメンとのあいだは、『正常な同一画面』に収められたあと7ショット内側から切り返されそのまま終わっている。
22闘牛士と彼の闘牛を観覧席から見ているカルメンとのあいだは、9ショット目に同一画面に収められるまで内側から切り返されている。■この間、カーテンのあいだから顔を出しているホセとの切り返しがあるかも知れないが場所が不明確特定不能(
エスタブリッシング・ショットの不在)。
■カッティング・イン・アクション 重複は極めて少ない。
■軸 1箇所のみ動く。
①女を膝に乗せ酒を飲んで騒いでいる兵士からキャメラがトラックバックしてゆく。
■フェイドアウト 多用。フェイドインもあり。
■コントラスト ややグレーの幅があるか。
■幻想 
①ホセが独房から脱獄しようとする時、田舎に残した恋人の幻影がディゾルヴで出現してから消えてゆく。
②同じようにディゾルヴでカルメンがホセの横に出現して消えてゆく。
■キャメラの横を通り過ぎる。
■逆手 
賊はナイフを逆手に握っている。ホセがカルメンを刺す時もナイフを逆手に握っている。
■机の上で踊るカルメン
■スタント 密輸品を陸揚げして波の打ち寄せる岩の上を歩いて岸へと向かってくる危険なシーンが撮られている。
■脚にすがりつく ホセがカルメンに。
■目を開けて死ぬ カルメンが。
■起源 なし
■回想 なし
■罪の意識 カルメン→まったくなし。ホセ→田舎の恋人を捨てたことにあり。カルメンを殺したことにもあり。
■「常習性」 カルメン強い。ホセ弱い。
 111-1-19-多用

▲平行モンタージュ あり
★クローズアップ 
『分断』⑦⑭⑮
あるいは「正面」の欄の①など。
■外側からの切り返し
①終盤、崖の上で見張りをしている密漁団の男の外側から切り返されて縦の構図の俯瞰で やって来る竜騎士団との同一画面が撮られている。